自閉症の息子と共に

自閉症の子どもを育てた父のエッセイ

記憶力

 一般にいわれていることではあるが、知的障害を持っている人は、ときに特殊能力を持っている場合があるようだ。アメリカのある青年は、ヘリコプターで東京の上空を一度飛んだだけで、目で見た風景を記憶し、地上に戻りその風景を正確に絵に描くことができる。立ち並ぶ高層ビルや東京タワーなどをパノラマのようにサインペン1本で正確に描くのである。しかも、その建物の位置も正確であり、人間の能力を超えた、まさに神技である。私の息子には、そんな凄い技はない。しかし、ときどき親をびっくりさせることもある。

 小学2年生のとき、下駄箱の前でじっと立って何かを見ていた。1年生の下駄箱である。その時点では何に興味があるのか分からなかった。息子は家に帰り、白いA4の紙に下駄箱の絵を正確に描いた。そしてそのとき、下駄箱に書かれている一人ひとりの名前も書いていたのである。まさかと思い翌日学校へ行った際、その下駄箱の名前を確認したら、名前も正確だった。どうやら、この子は映像としてその風景を記憶しているようだった。

 そういえば、保育園児の頃、この子は漢字に興味があり、教えていないのに「つり具 上州屋」や「肉の万世」の看板の文字を移動中の車の中から見て覚えてしまい、紙に書いていた。特に、「万世」と万の字の二画目が看板の通り、三画目のノの左側へ突き出ているのだ。ここまで正確に再現して書くなんて、本当に驚かされた。さすがに、にやけた牛の顔は描かなかったが、たまにはステーキでも食べさせろというメッセージだったのだろうか。