自閉症の息子と共に

自閉症の子どもを育てた父のエッセイ

ゴミ箱持って来て

私が住んでいる地域では、月曜日と木曜日が燃えるゴミの収集日である。とある月曜日の朝、私はいつものようにピンクのゴミ袋に1階にある部屋のゴミを入れていた。 そこに息子が2階から降りてきた。私は息子に、「ママの部屋からゴミ箱を持って来て」と、頼…

大晦日の乾杯

去年の大晦日の晩。私たちはいつものように「紅白歌合戦」を家族で楽しんでいた。そして、終了後いつものように「ゆく年くる年」をぼんやり観ていた。テレビの画面には各地からの映像が流れていた。あと、5分もすれば新しい年が始まるというときだった。 息…

会釈をした息子

息子が中学一年生のときだった。秋に行われた運動会の昼休み。私は妻といっしょに校庭の日陰にピクニックシートを広げお弁当を出して、息子が来るのを待っていた。 そこに小学校時代の校長先生がいらした。中学へ進学した生徒たちに会うため運動会へ来てくだ…

お給料日のたのしみ

私の息子が働く生活介護事業所にも給料日がある。毎月25日がその日だ。お給料の額は4000円~5000円位である。彼らは労働をしてその対価としてお給料の頂いており、社会の一員として繋がっているのである。 彼らの仕事の内容は地域新聞の配布とリモコ…

おてつだい

ちいさな子どもは、お手伝いが大好きだ。母親が炊事をしていると「お手伝いする」と言って何かをしたがる。「包丁は危ない」と言うと「猫の手でやる」と言って参加したがる。きっと、「ありがとう」と喜ぶ親の顔が見たいのかもしれない。そして、「いい子だ…

私の部屋入ったでしょう?

ある日、娘が突然大きな声で怒り出した。「Kちゃん!私の部屋入ったでしょう?」 娘が留守にしている間、弟のKが勝手に姉の部屋に入ったことを怒っているのだ。2階にある娘の部屋は鍵がかからないドアなので、入ろうと思えば自由に入れる。しかし、女性とし…

セレンディピティ

私の息子が特別支援学校に在学していたとき、卒業後の進路のために幾つかの事業所で体験実習をさせていただいた。高等部2年生のときだった。はじめは就労Bとしての実習だった。3年生になり、2か所の事業所で実習をさせていただいたが、どうもそのレベルで…

自己紹介

昭和生まれの私が小学校を卒業してから50年が過ぎた。現在、小学校で教える科目も様子が大分変っているようだ。たとえば、学校にはコンピュータルームがありコンピューターの使い方を教えてくれたり、学校によっては、全校生徒にiPadが貸与されて授業で活…

正義感

私の息子はとても臆病である。特に小動物が嫌いだ。道端で猫が寝ていてもそこを通れない。怖いのである。お隣で犬を飼っているが、外に出るときはいつも両耳をふさいで聞こえないようにしている。鳴いていなくても耳を押さえる。道を歩いていても、遠くに犬…

子どもは親を選んで生まれてくる?

息子は小学生だったとき、放課後子どもルームで過ごしていた。その子どもルームは同じ小学校の建物の一角にあるひときわ広い部屋だった。私は仕事帰りに毎日、息子を迎えに子どもルームへ寄っていた。 ある日、その子どもルームの先生に「子供は親を選んで生…

開けて

私の息子は納豆が好きである。毎晩夕食のときに食べている。今では自分で冷蔵庫から取り出してフタを開け、箸でかき回し出汁を混ぜて食べている。 小学校の頃、納豆を混ぜてご飯にのせるのは私がやってあげていた。そしていつの日か自分でできるようになって…

早くしろよ

息子が保育園に通っていた頃、キッズカーを買ってあげた。長さ約80センチのウレタン製で屋根もついている。男の子はなぜか車が好きで、息子も2歳の頃からおもちゃの自動車に興味を示すようになった。このキッズカーを息子はたいへん気に入ってくれて、い…

マラソン大会

冬になると小学校ではマラソン大会の行事がある。息子の学校は近くに住宅街や交通量の多い道路があった。そのため、走るコースはグランドのトラックをスタートした後、一度外の道に出てまたすぐに学校の正門から校舎のある敷地に入りグランドへ戻るというも…

じゃんけん

日本人ならだれでも知っているじゃんけん。じゃんけんは片手で石、ハサミ、紙の形を作り、それを誰かと出し合って勝負をするあそびである。人はいつの頃からかこのじゃんけんをあそびのなかで覚えて自由に使うようになる。じゃんけんをするには相手が必要で…

名前のファイル

私の息子は中学卒業後、特別支援学校高等部へ進学した。入学式が終わって初日の連絡帳に担任の先生からメッセージがあった。 「息子さんは靴に興味があるんですね。下駄箱をずっとみていました」 私は連絡帳に返事をかいた。 「興味があるのは靴ではなく名前…

地図がだいすき

息子が好きな物の一つに、地図がある。保育園児の頃、家にあったロードマップを見るようになった。はじめはロードマップにあるガソリンスタンドやコンビニのマークに興味を示し、そのロゴマークを正確に白い紙に写して楽しんでいた。 小学生になり、社会科の…

国旗がだいすき

私の息子は保育園児のとき、国旗に興味を示した。保育園の運動会で運動場に張り巡らされたさまざまな国旗を見て、心惹かれたのだろう。 ある日、家で国旗を紙に描きはじめた。そして、描いた数枚の国旗をセロハンテープでひもに付けて、椅子の背もたれに固定…

記憶力

一般にいわれていることではあるが、知的障害を持っている人は、ときに特殊能力を持っている場合があるようだ。アメリカのある青年は、ヘリコプターで東京の上空を一度飛んだだけで、目で見た風景を記憶し、地上に戻りその風景を正確に絵に描くことができる…

F君との出会い

ある日、仕事帰りに息子を保育園へ迎えに行ったときのことだ。保育園の入り口の門から教室へ向かっていたそのとき、砂場で遊んでいた一人の男の子が、私に砂をぶつけてきた。ふいの出来事に私はおどろき「こら~!」と怒鳴った。この男の子はわざとやったの…

お風呂はひとりで

息子とは、小さなときからずっと一緒にお風呂に入っていた。これは、どの家庭でもそうだと思う。普通、中学生になると思春期を迎え、親離れをしはじめ、一人でお風呂に入るようになる。私もそうだった。 しかし息子はそうではなかった。一人で入るのが怖かっ…

ひとりごと

私の息子はよく、ひとりごとを云う。普通ひとりごとは、何かを考えながらボソボソと云うものである。しかし、この子の場合は、かなりはっきりとした声で発する。そのため、とつぜん何かを話始めると、それを聞いた周りの人は驚いてしまう。自分の気持ちは、…

保育園のアンケート

自閉症の息子が通っていた保育園でアンケート調査を実施したことがあった。父母会が中心となり、保護者から保育園への要望を調べるためだ。給食の野菜は有機野菜を使ってほしいとか、保育園の入り口の門から建物まで屋根を付けて欲しいなどいろいろあった。 …

自閉症と診断されて

我が子が自閉症と診断されたのは3歳のときだった。保育園に入園の際、専門の先生に診てもらって下さいと言われた。そういえば、2歳になっても3歳になっても「パパ」「ママ」と言ったことはない。親の姿が見えなくても泣くようなこともなかった。言われてみれ…

自閉症の息子と共に

我が家の末っ子は自閉症である。現在22歳であるが、知的レベルは幼稚園程度である。相手の言っていることはなんとなく理解しているが、自分から言葉を発することはほとんどない。「~はどうだった?」という抽象的な質問には答えられない。「楽しかった?」…