自閉症の息子と共に

自閉症の子どもを育てた父のエッセイ

じゃんけん

 日本人ならだれでも知っているじゃんけん。じゃんけんは片手で石、ハサミ、紙の形を作り、それを誰かと出し合って勝負をするあそびである。人はいつの頃からかこのじゃんけんをあそびのなかで覚えて自由に使うようになる。じゃんけんをするには相手が必要である。つまり、幼稚園などの集団生活をするようになるとじゃんけんを覚えるようになるのだろうと思う。

 しかし、じゃんけんはかなり高等な脳の働きが必要な動作だと思う。相手に勝つために、グー・チョキ・パーのどれを使うかを一瞬で決め、それを脳から手に情報を伝える。同時に「じゃんけんぽん」と声に出す。しかも、相手の声に合わせて自分の声を発するのである。そして相手が出した手の形を見て、自分が勝ったのか負けたのか一瞬で判断し、あいこなら次に何を出すかそこでまた一瞬で決めなければならない。しかも相手が次に何を出すかを予想しながら、自分の次の一手をこれまた一瞬で決めて脳から手に命令を出すのである。

 この複雑な動作をいとも簡単に我々は日々の生活でやっているが、私の息子はいまだにこのじゃんけんを理解していない。そういえば、保育園や子供ルームの先生方からも息子がじゃんけんを理解していないとの報告がたびたびされていた。自閉症である息子の知的能力が幼稚園程度とずっと思っていたが、これに関してはそこまでないことが分かる。

 ある日、姉(四女)とテレビのチャンネル争いになった。どこの家庭でもよくある光景である。おたがいに見たい番組が違うのだ。姉は「じゃあ、じゃんけんしよう」と云ってじゃんけんをした。当然姉が勝った。息子はじゃんけんを理解できず、必ずグーを出すと決まっているのだ。しかも彼女はそれを知っているはずだ。

 ところがその後の展開がおもしろい。姉がリモコンを手に取り、好きな番組を見ようとすると息子は納得できずに「ん~ん!」と云いながら手の平を差し出し、手をひらひらさせるのだ。これは自閉症児の独特の行動なのか、息子の独特の行動なのか分からない。しかし、言葉で気持ちを伝えられないので「ん~」と声を発し、あたかも「リモコンよこせ~」と云わんばかりにこの手の平をひらひらさせる行動にでたのである。姉は仕方なく「もういいいよ」と云ってあきらめてチャンネルを渡してしまった。

 この手をひらひらさせる行為が、グー・チョキ・パーよりも強いジョーカーのような役目があるのだと気づかされた出来事だった。